札幌・ススキノを長年見守り続けた、作家の八柳鐵郎(はちやなぎてつろう)さんが十九日、七十六歳で亡くなった。豊富な人生経験から多くの人に慕われ、ネオン街をこよなく愛した「ススキノの生き字引」。二十一日に札幌市内で行われた通夜には約四百人が訪れ、死を惜しんだ。
八柳さんは、二〇〇六年に閉店した老舗キャバレー「エンペラー」などを経営する青木商事の専務や相談役を歴任。「年末の書き入れ時などには、エンペラーの入り口前に立ち、自ら客の出迎えをやっていた」とすすきの観光協会の篠田政一会長は言う。
樺太生まれ。戦後引き揚げし、食糧難や貧しさを経験した。それだけに、地方から札幌に出てきたホステスには親身になって相談に乗った。
「金をためろ。金のないやつは不幸になる」-。エンペラーで約二十年間、ナンバーワン・ホステスだった徳川美智子さんは、八柳さんが口癖のように言っていた言葉を思い出す。「私にとっては仕事の師匠。ありがとうの一言です」と涙をぬぐった。
二十五年来の付き合いという、「あるた出版」の平野たまみ社長は「八柳さんを『夜の牧師様』と呼んだ人もいた。それほど心の温かい人だった」と振り返った。
八柳さんが熱心に取り組んできた一つに文筆活動がある。「すすきの有影灯」「薄野まで」「すすきのの女たち」…。歓楽街に長くかかわってきたからこそ知っている人間模様を、八柳さんは文字に起こした。
テレビでも共演したことがある作家の東直己さんは「繊細で、いい文章を書く人だった。苦労をしているからこそ、書けたのだろう」と語った。
二十一日の通夜に飾られた八柳さんの遺影は満面の笑みだった。「通夜の帰りに、八柳さんをしのんで、ススキノで一杯やってほしい」。葬儀委員長を務める「あるた出版」の山崎巌会長はそう呼びかけた。(郡義之)
(北海道新聞より引用)
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